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両家にとって初孫の縁起

      2019/04/25


両家にとって初孫の縁起「ヒトの精神と身体は意図ありき。この意図、幸せのフレームの中で状況に応じて調整されます。仕事の同僚と一緒に自分の幸せをどう実現するか。家族と一緒に、サッカー仲間と一緒に。どんな場面でも『自分の幸せ』に繋がっていますが、目的が違ったり一緒にいるヒトが違ったりするとその場での幸せの表現方法は異なります。」
(シモムラタクジ, マインド・ドリブン・ソサイエティ α, affirmativeArchitect出版, 2018)

2019年1月3日、父方の祖父の33回忌に父と二人で出席をして参りました。

今回の記事は父方の親戚との法事の体験を記録しておくという個人的な目的と、お世話になったご住職との対話により、私の中でまとまったある概念をあなたと共有する目的があります。

お世話になったご住職が80歳を過ぎたご高齢で、臨死を体験されてから思われたことを法話でお話をされました。
そのお話と私の幸福論およびヒトの意識に関する見解との融合を試みました。

同時多発的な縁起によって輻輳(ふくそう)していく幸福

<輻輳とは方方からモノが集まって来る様子です。>

が私の中でまとまったある概念です。

この本題に入る前に、33回忌のBackgroundを共有させて下さい。

祖父の地元は山奥の温泉地。
自宅から最寄りの鉄道の駅まで移動して、そこから叔母の家族の車に父と二人で同乗させて頂きお寺まで移動しました。

法事の当日は良い天気で、山奥に入るに従い落ち着いた気持ちと楽しい気持ちが錯綜してました。

“感情は、内臓の状態を知らせる自律神経反応を脳が理解することと、その反応が生じた原因の推定という2つの要因によって決定される。”
(乾俊郎, 感情とはそもそも何なのか, P.17, ミネルヴァ書房, 2018)

前回、当地を訪れたのは5年以上前のことでした。
それから、道路が整備され市街地からの移動時間が短くなっていました。
物理世界はどんどんと小さくなって行きますね。

祖父の最初の子供が父で、私が初孫でした。
因みに母は長女です。
今回の法事の参列者で直接祖父を知っているのは父の兄弟姉妹とその伴侶。父の一番下の妹の伴侶は祖父を直接は知りません。
孫では私だけが祖父との交流がありました。

“文化的な実践や道具の複雑さや、それにともなう数々のポジティブ、もしくはネガティブな帰結を考慮に入れると、文化の受胎は意図的なものであり、おそらくは心を備えた生物にのみ可能で(霊長類なら確実だろう)、集団の形成によって生じる問題の解決に、感情と創造的な知性の無数の組み合わせを用いて取り組めるようになったと生じたのだろう。文化の誕生は、まず心と感情、そして感情の主観的な経験に必要な意識が進化するのを待たねばならず、心に導かれて創造性が十分に発達するには、さらなる時間が必要なはずだ。これまでは、そう考えられてきた。だがこれから見ていくように、その見方は正しくない。”
(アントニオ・ダマシオ著, 高橋洋訳, 進化の意外な順序, P.30, 白楊社, 2019)

昔の家なので兄弟姉妹の年齢差が広く最も若い叔母と私の年齢に10歳の開きはなく、最も若い従兄弟と私の年齢は30歳以上の開きがあります。

幼少の頃、父方の祖父母を訪れた後、母方の祖父母を訪れていました。
父方の祖父は妹と私を母方の祖父母の家まで2時間をかけて車で送ってくれたことがありました。

偶然なのか母方の祖父母の近所に父方の親戚が住んでいました。

祖父は自宅の池に鯉を飼っていて、家を訪問すると必ず池から鯉を釣り上げて捌いて刺し身をご馳走してくれました。
今、その池はありません。

祖父は孫の私とはあまり話をせず、父と良く話をしていました。
私は比較的年齢の近い叔母たちと遊ぶのが楽しみでした。

母方の祖父ほどに話をした記憶がない父方の祖父は無口で、私には一見すると怖い存在でした。

この日は祖母の実家を訪れて、法事の参列者が集まるまで待機してました。
実家に上がったら父と一緒に仏壇の前で祖父に挨拶をしました。
壁に掛けてある額を見ていると、祖父の町議員としての表彰の盾を見つけました。
無口で一見すると怖い祖父のイメージと繋がりました。

ここまでが法事の直前までのBackgroundです。

次から本題に入ります。

参列する従兄弟姉妹達は20代から30代前半が多数を占めていました。
久しぶりに会った興奮と、この年代の仕事や結婚の話題で盛り上がっていました。
従姉妹の一人はフィアンセと参列。

叔母が三姉妹の上、従姉妹兄弟7名のうち、男性は私を入れて2名。
典型的な女系家族。
静かな時間は1時間。ご住職の読経と法話以外は、とにかく話が途切れることなく、賑やかで華やいだ時間でした。
きっと、祖父は天国で賑やかな子孫の様子を楽しまれていらっしゃったと思います。

お寺は古く歴史の重みを感じさせる造り。

ご住職は法話で、ご自身の臨死体験でお感じになられたことを中心にお話をされました。

命は輪廻を繰り返すけれども、次の命はいつどんな形で現れるのか分からないので、現世を精一杯生きることに集中する。
この法事のご縁は、今ココにしかない。このご縁は2度とない。
例え苦しくても今を生き続ける。

幸せに向かい期待を高め、可能性を高め、行動しよう。

記憶に残っているのは、同じ宗派の高位の僧が臨終の間際にいらっしゃって、その方の葬儀を取り行う時期とご本人の臨死体験の時期が重なっていたことです。ご本人が生還された後、高位の僧がお亡くなりになり、臨死体験の3日後、ご本人がその葬儀で読経をされました。

法話の後、法事が終わり、祖母が挨拶をした後、ご住職にお尋ねしました。

「私はヒトが意識と呼んでいるモノが宇宙を、物質を創ったと考えています。そして、意識は身体の中のみには存在しないとも考えています。仏教ではヒトの意識をどう捉えているのですか?」

「識(しき)には色々あって難しい。難しいことを勉強されていらっしゃるのですね。」

とご住職のお考えをお聞きすることはできませんでした。
これが、禅問答なのでしょうか。

ここまでがご住職の法話と対話の経過です。

“ドナルド・アンダーソンによる「組織開発」についての海外の定番ハンドブックには、下記のような記述が出てきます。
組織開発とは「リッカート流のサーベイ・フィードバック」と「レヴィン流のグループ・ダイナミクス」の「混成体」である。”
(中原淳, 中村和彦, 組織開発の探求, P.153, ダイヤモンド社, 2018)

ここからがご住職の法話から私の中で生まれた「同時多発的な縁起によって輻輳していく幸福」の概念です。
これは、幸福の現れ方のモデルの一つと考えて下さい。

縁起
幸福

私は意識について次の仮説を持っています。
・物質を創った存在
・身体の中だけに存在していない
・生物の遺伝子を変化させる

この仮説の根本には、意識が目の前の景色を変えるという私の観察結果があります。
詳細にはお示ししませんが、私は内観と外観の観察結果からこの仮説を導出したとご理解下さい。

そして、意識について次の特徴を見出しています。
・ヒトのコミュニケーションの対象
・自己再帰的
・切れ目や境界がない

更に、ひも理論で言われているひも(物質の最小単位)の粒子と波動としての特性はヒトの身体と精神のアナロジーとして捉えられます。
粒子と波動はエネルギーに転換できて、身体と精神もエネルギーに転換できる。
そして、エネルギーから粒子と波動を同一の空間に定着させる仕組みがひも領域(ひもが生まれる最小の時空間)。
この文脈から意識はエネルギーの一つの形態と今の所、定義しています。

“ベイズ流の方法によって、人間の運動制御を記述するごく自然な方法が得られる。過去の経験が、体の細胞がこれから特定の電気パルスにどう反応するかを予測するための事前確率を与え、それから実際の感覚器官の入力(物理学的に言えば測定)がベイスの法則によって事前信頼水準を更新する。更新された確率は、その後の筋肉を制御するパルスをもたらす。”
(ハンス・クリスチャン・フォン・バイヤー著, 松浦俊輔訳, 木村元解説, QBism, P.174, 森北出版, 2018)

幸福は意識の中にあります。
既述の意識の仮説や特徴は、そのまま幸福にも当てはまります。

あなたのストーリーのすべての登場人物を包み込めるのはあなただけ。

私は父方、母方の両家にとって初孫でした。

両家ともお正月やお盆はヒトが沢山いて賑やかでした。
子ども心にヒトが沢山いて賑やかなだけで幸せな気持ちになれたことを覚えています。

仏教ではヒトは一人一人が宇宙であるという言い方をします。

私は生まれる前の記憶は多分辿れないと思いますが、感覚や筋肉のどこかに残っていると思っています。
我々が認知し記憶しているのは「#時空間と感覚」。そして、一人一人が宇宙のように広がる世界を持っています。
宇宙は膨張し続けていると言われています。あなたの人生も膨張を続けていませんか?

“「極理論」に従えば、すべての力は対立の統合ないしは中立として存在し、内に対立をはらむ統合物として存在する。言い換えれば、すべて存在の実体は命題と反命題の統合されたものである。これを人間の認識の問題にあてはめて言えば、人間には無限に伸びる直線両端の認識は不可能だが、中点の認識を通じ直線の存在を察知するのである。この理論でいう認識とは全体の認識ではなく、ある一点に働く二極の作用を認識することにほかならない。すなわち、経験的次元における客体の認識は、客体を生成する霊的次元の力の存在を認識することにつながる。人間の認識は存在の全体性の把握には到らぬものの、その実在性の認識にはなりうる。人間は現象界とのかかわりにおいて霊的世界を直視し、また霊的世界とのかかわりにおいて現象界の真義を知りうるのである。そして、それら両極の源であり両者を包含する始原的な存在こそ、コウルリッジにとっての神であったのである。ここでコウルリッジは経験的認識の役割を悟性に、霊的存在の実在性の認識を理性に担わせる。”
(西山清,桑子利男,及川和夫他,直原典子氏博士学位請求論文『S. T. コウルリッジの宗教思想―ユニテリアンからトリニテリアンへの軌跡』審査要旨,2005)

子供の頃からの私の人生は、多くのヒトとの出会い、そして、ヒトとは異なる興味対象との出会いの連続でした。
ヒトとは異なる興味対象とは、例えば、ビー玉やメンコ。これは、競技の面白さにハマりました。自分の持分を増やして行く。自分の持分に珍しいアイテムを揃える。この2つが動機となって競技の技術を磨きました。相手との駆け引きも学びました。ただ、駆け引きよりも技術優位な志向を持ってました。圧倒的に技術優位になれば負けないからです。

楽しむことを夢中になる。

そんな日々の連続。

思い出してみると、親戚とのコミュニケーションの中心は遊びでした。トランプやボードゲーム。一緒に見るテレビ。どこかに一緒に行く。
私は楽しみながら競技の技術を磨き、テレビから知識を得て、旅行先の風景を記憶に留めました。
子供を楽しませる。両家の大人には共通してこんな感覚があったように思います。
そして、私は両家の大人に可愛がってもらったという記憶があります。

それでは、子供を可愛いと思う心理とはどんなモノなのでしょうか。

体が小さい。
一人では生きていけない。
何にでも興味を持つ。
一緒に遊ぼうとする。
純粋である。
いつもニコニコしている。

昔の自分を懐かしがったり、自分に役割があると思ったり、純粋になんでもしてあげたいと思ったり。
可愛いと思う感情に消極的な何かは無いように思えます。

コミュニケーションの対象が相手の意識だとすると、言葉をうまく操れない分、受け取る側が感覚を研ぎ澄ませて子供の意識を感じるしかありません。
感覚を研ぎ澄ませた相手に悪意が無いのが子供です。
嘘を知らない期間もあります。

わがままであることが「可愛い」と感じる理由なのかも知れません。
大人でも許容範囲のわがままを「可愛い」と思われる方はいらっしゃるようですね。
子供に対してはすべて許容できてしまう感覚を大人は持っているのかも知れません。
「可愛い」と感じる理由はわがままではなく無邪気かも。

私が喜ぶと周りの大人達が喜ぶ。
喜んでいるヒトを見ると自分も嬉しくなる。
自分が楽しいと周りも楽しい。
楽しんでいるヒトを見ると、一緒に楽しみたくなる。

ヒトが集まる場では、自然とそこのヒト達で楽しむ雰囲気が作られてきます。
いつでも幸せな感覚を持ちたいとヒトは思っているからです。
誰かの一言が面白いと思えば笑うし、その笑いで笑うヒトもいます。

ヒトが集まれば自然とこんな雰囲気が生まれて来ます。
ヒトが集まる場には、自然と同時多発的に幸せが生まれる状況ができて来ます。
みんなと楽しみたいと思っているヒトがいれば、この傾向に拍車がかかります。

そして、楽しそうなヒトの周りには自然とヒトが集まってきます。
幸せなヒトに幸せなヒトが惹きつけられるように。
幸せなヒトの近くにいると、幸せを感じられるように。

幸せは輻輳します。

私は両家の初孫として生まれ、可愛がってもらって育ちました。
私が独自の脳と身体によって体験した #時空間と感覚 は、今、幸せを感じて、次の幸せに向かう日々の積み重ねによって齎されました。
初対面のヒトの前では緊張するというか、警戒をしていた氣がします。
知っているヒトを介してお会いする方と、まったくの初対面の方とでは、その度合いは違っていました。

初孫として生まれた私は、私が母のお腹の中から出てきた時には、親戚の中では既に関係性が決まっていました。
両親を通して関係性が決まっていたヒト達から、私はヒトの関係性を学び始めました。
家族、血縁という場からヒトとの関係性を学び始めた私は、その後、地縁、学校、職場とヒトとの関係性を学ぶ場が広がりました。

私は、すべてのヒトが幸せになれる地球の実現を8歳で意思決定しました。
動機は分かりません。解を出すための公式も分かりませんでした。
ただ、当時から一人ぼっちのヒトを見ると声をかける、このままほっておくと誰かが困りそうなことには先回りして手を打つ、この2つを実行して来ました。
8歳は小学2年生。家族、親族との血縁、父の会社の社宅という地縁、お寺の幼稚園と国立大学附属の小学校というコミュニティから学んで自分で決めました。それから、公式を探し続けて、45年後に電子書籍「マインド・ドリブン・ソサイエティ α」に「公式」をまとめました。

ゴールが先、手段は後

ヒトに興味を持っていた私は、目の前のヒトを理解しようとしました。相手を理解するために、自分を知って頂く。
こんな気持ちで対話を重ねてきました。
目の前のヒトがどんなヒトかを知る。信頼関係を結ぶポイントを見つける。信頼関係を結ぶ過程を楽しみ、信頼に基づく対話や協働作業を楽しむ。

一つの宇宙として生まれた私は、膨張を続ける人生の中で出会ったヒトといかにして信頼関係を結ぶかということを学んできました。
自分が自分であり続け、出会ったヒトから学び続け、人生をより豊かにするために多種多様なヒト達との関係性を拡げていく。

これまでの体験が、今の私を創りました。

それは、きっと、あなたも同じだと思います。
あなたが誰かと楽しんでいれば、周りの人たちも楽しめる感覚になって行くでしょう。
あなたが幸せを感じていれば、同時多発的に周囲のヒトにも幸せの感覚が訪れて、その幸せはあなたの周りの時空間に輻輳してきます。

すべてのヒトがあなたのように行動できれば、すべてのヒトが幸せになれる地球は実現できると考えるのですが如何でしょうか?

#あなたの意思決定が世界を創る

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