学習の記録 白から黄色へ ヨーロッパ人の人種思想から見た「日本人」の発見 1300年〜1735年
2025年10月29日から
はじまり=Background
仕事の合間にたまたま見つけた書籍
書評で欧州の視点から日本人を取り上げていることを知る。
私の事業、#三原発グローバル産業 では人類を戦争文化から平和文化に回帰させる。
戦争文化は欧州人が世界中に広めた。
自分達を人類の頂点に置くヒエラルキーの物語を自作自演して。
その歴史を理解し、この視点を世界中の民と共有することは人類の平和文化への回帰に有効であると考えた。
私は塩野義製薬時代(1988-2013)にICHの成果であるガイドラインの導入を担当した。
いわゆる製薬業のグローバリズム。
その中で医薬品の臨床使用において人種差よりも個人差の方が大きいという言説が主流を占めていた。
だから、白色人種と黄色人種では治験の結果は相互利用できるとされていた。
本著を講読することで、ここでも欧州人の二枚舌外交が再現されているのかを確認したい。

成果=Output
原文の引用は” ”。内容を解釈部分はそのまま。私のコメントは(コメント” “)として記録する。
2段階で学習する。
1 概略を掴む:本著の最初と最後をまず講読する。次に図表を閲覧する。そして、理解を深めたい箇所を精読する。
2 全体像を頭にいれる:精読した箇所を繋いで全体を通読する。
1 概略を掴む
日本の読者へのメッセージ
“19世紀初期の日本人で、自分の肌が黄色と考えた日本人はいなかったし、肉食に関心を抱く者は、極めて稀であった。しかしながら、1970年代の日本では、マクドナルドの販売キャンペーンは、相当な関心を引くと共に多少のユーモアを持って受け止められた。”(?)
コメント1”どこから引用したのだろう?「肉食に関心を抱く者は、極めて稀であった。」”
“明治時代が、日本人種という思考の始まりだったのであろうか。そしてそれは、ヨーロッパ人それとも日本人の着想であったのだろうか。本書は、まさにこの疑問を対象として考察し、答えを模索する。本書は、日本人対象の人種問題を課題とする。大きい研究プロジェクトの第一部に当たる。つまりその初巻は、西欧における日本人観のよってきたるところ、即ちその思考の起源を検討し、更に、日本との出会いから二世紀経過するなかで、その思考が”白色”人種から”黄色”人種に変化した経緯を追求する。”
“人種は不可避的に人種主義と結びつく。そのためそれは強いネガティブな効果を及ぼす。それは、我々人間の集団上、個人上のアイデンティティに関わる。同様に、それは集団のイメージの故に個々人に対する差別と偏見をもたらし、戦争を引き起こす公算を強めることすらある。”
“人種概念の犠牲者であるだけでなく、進んでそれを適用した者としてまず日本人は他の誰よりも、本書に意義を認めるであろう。”(?)
コメント2”日本人は人種概念の犠牲者となることを進んで選択したと記述しているのか?”
謝辞
著者は1995年から1996年にかけてスタンフォード大学で博士課程終了後の研究中に調査を開始した。
謝辞に登場する日本人名:北原順男(惇)、松井洋子、栗山茂久、小川俊樹、石上英一、山本博文
著者の言葉
“二十年以上も前になるが、私は日本国民の心理歴史上のメカニズムを研究するため、日本に行った。自分には、国民の言動にむら気がありその振る舞いにはぶれがあるように思われた。私はまだ大学院生であったが、1868年の明治維新以来、日本における国民の自信と自我像が、上向きになるかと思うと、下降することに、大変興味を持った。”
“動揺する態度には、国民の自己認識(アイデンティティー)の問題がからんでいるようで、その根拠に人種問題があると見られるが、これまで無視されてもいる。”(?)
コメント3”著者は1919年パリ講和会議における牧野伸顕さんの人種差別撤廃提案、戦後、GHQによるWarGuiltInformationProgramを根拠にした日本人の人種観を示しているのだろうか?”
“西洋には、日本人の人種的側面に随分昔から関心があった。極めて長い歴史があるので、1904年に日露戦争が勃発した時、”日本人種”という概念は、西洋人の心に確固として存在していたように見える。”
コメント4”このことを明記している1904年当時の研究者の論文からの引用なのか?それとも著者がそのように認知しているということなのか?後者であれば、この著作の真偽は定かではない。”
“彼等は、日本人がモンゴロイドに属する典型的なアジア人種であり、その中での個別の集団であると見た。その見地は確固としていた。彼等の依拠する見地は、独特ともいうべき形態の偏見と人種主義が染み付いていた。それは、文化的そして大抵は生物学的優越性という強固な感覚に由来するものであったが、同時に尊敬と恐怖心が入り混じった得意な見地であった。”
コメント5”「尊敬と恐怖心が入り混じった得意な見地であった。」が何であるのかを理解した。多様な欧州人が日本にやってきた時の記録、特に、明治以降、には、善人の住む国として描かれている。これは、欲求(搾取, 支配)を肯定してきた、肯定している欧州人には理解し難い文化として受け取られていた、と推論した。”
“日本人は非白人、非ヨーロッパ人、非キリスト教徒で、西洋人と比べれば、はっきり言って劣等民族であるにも拘らず。彼等の地域で、少なくとも同じ条件で、いかなる列強とも戦うことができた。かくして日本人は、人種上の一大奇態として扱われ、武勇の民と言われるかと思えば、”黄禍”の権化との刻印が押され、あるいは押し寄せるモンゴル集団の現代版とみなされる。・・・。戦争が激化するに伴い本格的な人種主義のタガが外れて、日本に対する欧米の不安は、毒々しい嫌悪に変貌した。日本人は、恐るべき惨禍をもたらす激しい戦いで、不倶戴天の大敵として扱われるようになる。”
コメント6”この経過は日本が強国になる基盤が(搾取, 支配)ではないことによる恐怖を欧州人が感じたのだろう。欧州人は他の地域の民から恨まれているとの自覚があるのだろう。恨んでいるヒトからの仕返しはその時まで恨んでいることを隠し通していると突然その刃に遭遇することになる。欧州人は昔からこの恐怖に支配されている。”
20世紀前半から西洋対日本は人種によって関係づけられた。その前に50年の日本人研究があった。1854年の強制開国。それまでの二世紀はほとんどの西洋人は日本人と接触がなかった。1904年、1905年の日露戦争に�よって固まって行く日本人への見方は、その前にあった古い確信をそのまま引きずっていた。
“16世紀に最初の欧州人が日本にきた時、彼等は日本人を白い肌で文明人と観察し、アジア一の、最も聡明な人間に出会ったと考えた。
日本人はいつ”黄色”に変えられたのか。西洋人が組み立てたポジティブな概念が変化するのは、どの場面からであろうか。
日本と西洋が向かっていた人種上の衝突コースは興味ある研究課題である。概念の変化と衝突コースの究明は、大変な仕事のように思われる。”
コメント7”西洋と日本人との衝突。お金持ちに支配される西洋と支配されない日本。この(文化, 民族)の違いが衝突の原因である。どちらも封建制を取り入れた国家運営を行なった歴史を持つ。癌細胞のように平穏な日常を営む民から強奪する反社会性パーソナリティ障害を許さない日本人が自らを奴隷にすることを拒んだ。その象徴は1919年パリ講和会議における牧野伸顕さんの人種差別撤廃提案。大東亜戦争の終戦によって武力による活動を終えて武力によらない活動が続いている。学校と大手マスコミによる洗脳構造に気づくヒトが世界中に増えている。その当事者がインサイダーとしてこの構造を変えている。”
この課題を扱う著作は3部構成
本著が第1巻 近世 ポルトガルの船乗りが日本に来航(1543年)してから分類学のカールフォンリンネが著書「自然の体系」日本人をヨーロッパ人とは異なる別種に分類した時(1735年)まで。
第2巻 近代(1735-1905)出発点は準鎖国の二世紀(1735-1854)ヨーロッパと北米で人種論議の構築が進んでいた。中国人と日本人を含む、”黄色”アジア人種の概念が浮上。
第3巻 1854年開国から1905年日露戦争終結まで。日本に対する人種関連著作の著しい増加を観察し、それをめぐる論議の整理、分類を扱う。
序
“黄色人種は、ヨーロッパ人の創作である。”
白と黒の中間。
ヨーロッパ人は東アジアの黄色人種を階層のその位置に固定。
中国人および日本人はこのラベル付を知らなかった。後に苛烈な境遇を経験することとなる。
ヨーロッパ人の侵略行為に激しく対抗したのは日本人
16世紀にはヨーロッパ人が出会った集団の中で最良の民だった。それが、啓蒙時代(17世紀後半から18世紀)のヨーロッパに登場した人種的階層では下の方に落とされた。
コメント8”フランシスコザビエルの来航が1549年。キリスト教の布教活動が思うように進まないことが侵略し難い民族として認識され敵対的な対応をすることに決めたのだと指摘する。”
本書では”黄色人種”の登場と変容を扱う。
東アジア全般、特に日本に関する論議から前近代および近世のヨーロッパで人種主義がどのように展開したかを検討する。
“現代人種思想の起源だけでなく、その発想の動機について、新しい光を当てる。”
“力、文明そして技術面での彼等の特性すべてが、近代人種論特に人種主義論議にとって、極めて重要であった。
人種と人種論議ー基本定義
啓蒙時代以前の人種ー論議とその要素そして展開
ステージⅠー最初の出会い
ステージⅡー地域の情報
ステージⅢー長期の出会いと地域情報の拡大
ステージⅣーグローバルな情報と集大成
むすびー近世ヨーロッパにおける人種論議と日本人のケース
近世人種論議のメカニズム
近世ヨーロッパにおける人種の本質
ローカルからグローバルへー近世人種論議に対する日本の寄与
“ヨーロッパ”の概念形成と人種に対するインパクト
人種とヨーロッパ例外主義の問題
まとめそしてプロローグ
訳者あとがき
おわりに=Outcome
変更管理
20251029 本著P.33まで通読、P.19途中まで記録
20251030 通読なし、P25途中まで記録
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